◇染色体について
遺伝情報の発現と伝達を担う生体物質です。染色体は、アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)の4つの塩基を持ったデオキシリボ核酸がランダムに並んで構成されていますが、その配列の中に遺伝子が組み込まれていて、これらの遺伝子が決められた時期・場所で活性化し、たんぱく質を作ることで私たちの体は作られ、維持されています。
染色体には中央部にくびれがあり(セントロメア)、セントロメアで区切って、短い方を”短腕”、長い方を”長腕”と呼びます。短腕を”p”、長腕を”q”と略して表記します。また、染色体は22組44本の常染色体と2本の性染色体からなっています。常染色体には長い方から1、2、3…と番号が付けられています。1番染色体の長腕を表現する際には、”1q”と記載することになります。
◇1番染色体について
一番大きな染色体です。塩基数は263×106個あります。全染色体の塩基数が3100×106個なので、全体に占める塩基数の割合は8。5%になりますが、それに対して、遺伝子の数は1番染色体上に4220個あります。全遺伝子数が22287個なので、1番染色体には全遺伝子の19%の遺伝子が乗っており、かなり重要な染色体であることがわかります。1番染色体全体がなくなったり、多くなったりすると遺伝子の量の変化も大きく生命維持が困難になることが容易に想像されます。実際に、1番染色体のトリソミーの報告は全くありません。
◇1q部分重複症候群
1番染色体の長腕が通常と比較すると、部分的に重複している状態になる症候群です。この1番染色体の長腕は非常に長いので、重複する領域は、患者さんそれぞれで様々です。これまでに報告された症例では、血縁例を除くと、完全に同じ部分が重複しているという報告はありません。
1q部分重複症候群の症状
これまで述べてきたように、1q部分重複症候群は、重複する領域の多様性のために、症状も多彩になります。また、同じような領域が重複している人でも、全く症状が異なっている患者さんがいることもあります。残念ながら早くなくなってしまうような症状を持っている方も、発達遅滞は認めるものの長く生きることができる方もいらっしゃいます。染色体の重複する領域が大きい方が重症かというと、必ずしもそう言い切れるものでもありません。また、成人例の報告は古い記録ではあるものの限られており、現在の1q部分重複症候群の患者さんが今後、どのような症状を呈するのか、明らかではありません。
図には、一般的に多く認める顔貌的特徴についてお示ししていますが、必ずしもこれらの症状があるわけではないため、臨床症状から診断するのは難しいです。
◇これまでに分かっていたこと(2014年以前)
それでも、これまでの報告で分かっていることがあります。それは、重複している領域によって重症度が大まかに分けられるということです。また、長腕のうち、端っこ(テロメア)に近い部分(図ではGroup 3や4)であれば、症状が軽いということは言えるようです。真ん中のくびれ(セントロメア)に近い1/3が重複している(Group 1)と、何らかの理由(患者さんによって様々ですが、循環器系や消化器系の重症奇形を認めることが多いようです)で長く生きるのが難しいことも指摘されています。
◇今回の調査で分かったこと(2014年~2015年)
日本での1q部分重複症候群に罹患している患者さんは少なくとも26名いることが判明しました。そのうち17名は他の染色体の量の減少を伴っており、6名の方が1番染色体のみ、2名の方が追加で1番染色体が部分的に加わって、発症していることがわかりました。
今回登録された患者さんのほとんどが、Group 3、4に属する人たちでした。Group 1、2の患者さんは早期に亡くなる方が多く、参加が難しいのではないかということが推察されました。今回の調査でGroup 1に属する患者さんは6名いましたが、そのうち3名は正常細胞と1q部分重複を起こした細胞とが混ざり合っている方でした。それ以外の患者さんは重症であったり、残念ながら早くに亡くなられています。このことからは、Group 1に属する患者さんは正常な細胞と1q部分重複を起こした細胞が混ざり合って存在しなければ、長期間の生存が難しいことが示唆されます。
今回参加していただいた患者さんたちの症状については下記のように多彩です。これは、重複している領域の大きさが多様であることもありますが、他の染色体の欠失を伴っている患者さんが多いことも関係していると考えられます。そんな中でも特徴的な症状を挙げるとすれば、前額突出、逆三角形の顔、目じりが下がる、耳の奇形があるなどが挙げられます。また、乳児期に肺炎などの呼吸器感染症の反復や喉頭気管軟化症があります。これらの呼吸器の異常により、乳児期には在宅酸素療法が必要になることもありますが、幼児期以降、徐々に改善傾向となり、最終的には酸素も不要になることが多いようです。特徴的な症状として、上記を提示させていただきましたが、今回調査に参加していただいた患者さんの中にはそれらの症状を1個も持っていない患者さんもおられます。もっともこれらの症状は主治医の診察所見によるもので、その主治医の見立てによって、症状がある程度バラツキがある可能性もあろうかと思われます。
これまでの数少ない成人例の報告では、側弯がある方が多かったようですが、今回の検討でも年長児では側弯を認める方が多くおられました。また、乳幼児期には呼吸器感染による入院が頻回であったり、在宅酸素療法が必要な患者さんが多くおられましたが、ほとんどの方が成長とともに軽快していました。知的発達の遅れは、全例見られましたが、幼少期から徐々にキャッチアップしていく患者さんもおられます。
◇まとめ
今回の調査により日本に1q部分重複症候群の患者さんが少なくとも26人いることがわかりました。残念なことに早くに亡くなられた方もおられますし、長期間生存していても発達遅滞が強く、なかなか難しい状況にある患者さんもおられます。これまでの情報を総合して、私たちは” 1q部分重複症候群健康ガイドライン”を作成しました。このガイドラインが一人でも多くの人の目に触れて、これから1q部分重複症候群のお子さんを出産されるかもしれないお母さんやお父さんの道しるべとなってくれたら幸いです。
しかし、今回の調査は1q部分重複症候群の患者さんの人生のほんの一瞬を切り取ってきたにすぎません。患者さんやそのご家族にとってこれから続く長い人生がどのようなものになるのか、それを知ることは患者さんたちにとってとても重要なことだと思います。今後も継続的に調査を継続し、彼らの人生を記録していくことはとても有意義なことだと思います。まだまだ前途多難な道のりだと思いますが、その1日1日が新しい発見と希望に満ち溢れたものにするために、努力していければと考えています。
寄稿文のご協力
長崎大学病院 小児科
渡辺 聡 先生(2016年9月)
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※1番染色体の長腕が部分的に3本ある状態を「1qトリソミー」または「1q部分トリソミー」と呼びます。また部分的に4本ある状態を「1qテトラソミー」または「1q部分テトラソミー」と呼びます。
「1q部分重複症候群(1q部分トリソミー/テトラソミーにおける)健康ガイドライン」に
多くの情報がまとめられております。
↓↓こちらは2014年5月時点での最新の情報となります。
みさかえの園 むつみの家 総合発達医療福祉センター 診療部長
長崎大学医学部 臨床教授
近藤 達郎 先生 ご提供資料 (2013年12月)